もえのかけ算

そういや、今週月曜はおつ?追い?コンがあって、たくさんもえを見れた、頂いた。もえの取り貯め。このもえで、ずっと生き長らえていけそうだ。
あと、かわいこちゃんにもたくさん囲まれてご満悦でっす☆こんな幸せ、そうそうないよヽ(´∀`)ノ
んで、もえにも色々あるんだと思った。人のもえポイントとわたしのもえポイ。それについて話してみると、価値観の違いとまではいかないが、目線が違う。なるほど、そういう見方もあるのかと、もえの幅が広がった気がする。もえポ(当たり前のように略)の王道でもえるのは同じ、いわば幹が同じでも、最終的にもえるのは自分のもえポに行き着いた時。枝分かれした先でもえるという感じね。
わたしのすきなもえは、個体のもえ。(もうよくわからん)人でも物でも、そのもののかわいさのMAXを越えて、ぼくらの知らない領域に達した時に「も、もえす…!!!!」ってなる。それは、かっこよい人のかわいい行動だったり、かっこつけのバカ行動だったり、寡黙な子の過度の照れだったり。ようはギャップが大きいともえの降り幅もでかくなるのが、わたしのもえポなんです。
対する友達のすきなもえは、組み合わせのもえ。ある個体とある個体が組み合わさると、それが3にも4にも100にも無限にもなる。もえの1+1は決して2ではない、ここにもえの境地を見るらしい。個体だけでは生まれないもえがそこにはあるようだ。
確かに、あらしも個体よりコンビもえにぐっとくる時が多い。個体だけでは行き着かない行動が、コンビでは生まれたりするもの(潤翔における変な照れやらドギマギ感。にのあいのにのみやのツンデレ具合とか)
確かにもえは足し算のふりしてかけ算。もしくは累乗。しかし、今日、私を囲んでくれた女子のかわいこちゃん達はかわいいがもえにはいかない。最上級のかわいさだけどもえの方向とは違う方を向いてる。
じゃ、かわいさともえってどう違うのか。かわいこちゃんたちのかわいさのグラフは常に右肩上がり。私たちの目をハートにさせて、ときめかせてくれます☆
しかし、もえをくれる人達のグラフは三次元。右肩上がりでかつ、上方向へ高く真っ直ぐ突き抜けるような線で表される。そして私たちを、言葉にならない声で叫ばせたり、声にもならずただニタニタさせ、自分の行動を撹乱させるのがもえ。
なんか難しいようで、全然とんちきな話です。だって、高さの軸が何を表すかわからんし(たぶんパッション的な何か)。しかし、こんだけ話を深められるということは、もえは一筋縄てはいかないということ。
しくだい君の山っ子鬼ごっこで、山の新もえをみれた気がした。つまり、自分の山カテにはない山っ子がそこにはいたのだ!!!櫻葉の次々起こるバカとは違う、ノリでバカを押し通す山っ子。しょうとさとしちゃん、さとしとしょうちゃんてきな(これがオチ…フリが長すぎるお!)